2010年09月13日

昔、ファーストフードはごちそうだった!

昨日のミスタードーナツの記事(http://torimind.seesaa.net/article/162413427.html)を書いていて思い出したことがある。

昔、ファーストフードはごちそうだった!ということ。

まあ、これは都会の人とすんごい田舎の人には分からない感覚かもしれません。中途半端な田舎にある風景なのかも。

今やある程度の都市にはマクドナルドやモスバーガー、スターバックスやドトール、ケンタッキーフライドチキン、牛丼チェーンなどが乱立していることでしょう。しかし、僕が小学生のころ、宮崎県延岡市のファーストフードといえばロッテリアだった。

ロッテリアのハンバーガーを食べるということは、一つの贅沢だったのです!ある意味、貴重な体験でした。今はなき延岡の繁華街に買い物に行ったときにロッテリアでご飯を食べるってのは一つのステータス的なものでした。それはもうレストランにでも行くかのような気分でしたよ。

小学校では皆が品物をもちよってひらく“バザー”なるものが開催されていました。その時、食料品も多く出店するんです。この食品関連のものは前売り券を買う仕組みがあったりして、そこでもロッテリアのハンバーガーは驚異的な人気だったと子供ながらに思っています。

それが今では、どこでも食べられるようになりましたね。大人になって自分で買えるようになって頻繁に行く機会ができたからかもしれませんが、あの時に感じていた“貴重”だという感覚はまったくない。これが大人になるってことですかい?

よく歌詞などにある、「大切な何かを失って…」って感覚。ここにもないかい?と自分に問いかけてみる。

今一度、ファーストフードのありがたさについて考えてみてもいいんジャマイカ?


「私には夢がある。いつの日か広大な敷地を買い、そこにファーストフード店をズラリと並べるのだ!マクドナルドもモスもロッテリアもファッキンもサブウェイも、ドトールもスタバもタリーズも、吉野家もすき家も松屋も、ミスドも31アイスクリームもブルーシールも、かつてのライバル達が共に兄弟愛のテーブルに着くことができるようになることを。いつの日か延岡が過去の栄光であった中心市街地構想を捨て自由と正義のオアシスに変えられることであろうことを。自由の鐘を鳴らそう!田舎のしがらみを捨てて。自由の鐘を鳴らそう!既得権益という何の変化も生まないものを捨てて。

その時にはすべての地域という地域で、すべての集落という集落で、街という街において、延岡を思うすべての者らが、すべての者らが手に手を取って口ずさむようになることであろう。自由だ!自由だ!私たちはついに自由になった!」


※参照「キング牧師のスピーチ」(http://kobemasschoir.org/special/kings.html


ま、ミスドを買いに行ってそう思ったってことです。(だいぶ、大袈裟になったけどね…) ヾ(^▽^*おわはははっ!






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posted by TORIMIND at 18:59| 宮崎 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | メモ帳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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